2025年12月6日、レミオロメンが13年ぶりの活動再開を正式発表しました。
結成25周年記念日となるこの日、公式サイトで活動再開が発表され、2026年3月9日から全国ツアー「Reunion Tour 2026」の開催が決定。
ファンの間では「奇跡の復活」として大きな話題となっています。
しかし、多くの人が気になるのは 「なぜ13年間も活動休止していたのか?」 「不仲だったという噂は本当?」 「なぜ今、復活したのか?」 という点でしょう。
本記事では、公式情報と藤巻亮太本人の発言をもとに、噂ではなく”事実ベース”で活動休止の理由と復活の経緯を解説します。
レミオロメンが活動休止した3つの理由
レミオロメンはなぜ活動休止したのか?
ヒット曲を量産し名実ともに『レミオロメン』というブランドを確立していたバンドに何があったのか?
2012年2月1日、レミオロメンは公式サイト上で 「活動を一時的に休止する」 と発表しましたが、当時は 具体的な理由や内部事情の詳細説明 は記載されていませんでした。
活動休止の公式説明が簡潔だったため、ファンの間やメディアでは以下のような要素が指摘されています。
理由① 藤巻亮太のソロ活動への専念
レミオロメン活動休止の最大の理由は、藤巻亮太がソロアーティストとしての道を本格化させたことです。
2012年、藤巻亮太はソロ活動を開始し、本人もインタビューで「自分自身の表現を深めたい」という趣旨の発言をしています。
これは前向きな選択だったことが分かります。
しかし、活動再開時の本人の発言により、より深い事情が明らかになりました。
藤巻亮太は活動休止後の心境について、20代の承認欲求が自分を苦しめ、それがメンバー間に距離を生んでしまったと振り返っています。
また、興味深いのは、藤巻が活動休止から1年後には再開を提案していたということで、「解散ではなく一時停止」というスタンスは最初から意識されていたようです。
しかし活動休止期間後、約2年間ほどメンバー間の連絡は途絶えていました。
バンド解散ではなく「活動休止」という形を取ったのも、レミオロメンという存在を完全に終わらせたくないという思いはあったんですね。
個人的には「ソロ活動を深めたい」という藤巻亮太の意向が大きな理由のひとつであることは確かだったんだと思います。
これもレミオロメンがこの先へ向かうための新しい音への進化を求めていたという藤巻亮太流の答え探しだと感じます。
理由② プロデューサーの影響と音楽性の変化
レミオロメンの音楽性は、キャリアの途中で大きく変化しました。
特に2005年リリースのアルバム『ether [エーテル]』以降、レミオロメンはプロデューサーに小林武史を迎え、サウンドの方向性が変わりました。
フォークロック色の強かった初期(『朝顔』『アカシア』)から一転し、「粉雪」「3月9日」などストリングスを活かした洗練されたポップス路線へのシフト。
この変化はヒットを生んだ一方で、メンバー間で“バンドらしさ”をどう定義するかという葛藤も生じたといわれます。
これは商業的な成功をもたらした一方で、メンバー内での音楽的な方向性についての葛藤を生んだ可能性が指摘されています。
初期の素朴で温かみのあるフォークロック調から、より大衆的なポップスへの変化は、ファンの間でも賛否が分かれるものでした。
このような音楽性の変化が、メンバー間の意識のズレを生んだ可能性は否定できません。
「藤巻亮太の内省的な詞と、プロデュース主導のアレンジが拮抗し始めていた」と音楽関係者の中でも指摘され、レミオロメンというバンドとしての方向性を見つめ直すきっかけになりました。
理由③ 「やり切った」という達成感と疲労
レミオロメンは「粉雪」「3月9日」「南風」など、世代を代表する名曲を数多く生み出しました。
商業的にも音楽的にも大きな成功を収めたことで、バンドとして一つの区切りを迎えたという側面もあります。
特に「3月9日」は卒業ソングの定番として今なお歌い継がれ、結婚式でも頻繁に使用される不朽の名曲となりました。
その中でレミオロメンのメンバー内に、一度立ち止まりたいという意識が芽生えたようです。
無理に活動を続けるより、一度区切りをつけたという判断は、長期的に見れば正しい選択だったのかもしれません。
藤巻亮太は2017年のNHK『SONGS』出演時に「当時はロードの途中で息切れしていた」と語り、燃え尽きに近い状態だったことを明かしていました。
これは解散ではなく、「いつか戻る余地を残した充電期間」という判断だと思います。
ずっと走り続けて疲れることはよくあることだと思います。
最近では2025年末でコールドスリープしたPerfumeのように新しい挑戦に向かう時間も大切だと思います。
レミオロメンメンバー間の「不仲説」は本当だったのか?
ネット上ではたびたび「メンバー同士が不仲だったのでは?」という声が上がります。
不仲説の真相については、活動再開時の藤巻亮太の発言により、完全な不仲ではないものの、メンバー間に距離が生まれていたことは実際にあったようです。
藤巻亮太が認めているのは以下の点です。
• 20代の承認欲求が自分を苦しめていた
• それがメンバー間に距離を生んでしまった
• 活動休止後、約2年間メンバーとの連絡が途絶えていた時期があった
しかし、これは激しい対立や決定的な決裂を意味するものではなく、むしろ、それぞれが自分の道を歩む中で自然に距離ができてしまったというのが妥当ですね。
解散しなかった理由
• 正式な解散宣言は一度もしていない
• メンバー同士の公の場での批判や対立発言はない
• 2025年に実際に再集結を果たした
バンドという形態上、それぞれの人生や音楽観が変化することは自然な流れです。
むしろ、13年の時を経て再び集まれたことが、メンバー間の基本的な信頼関係を証明していると言えますね。
レミオロメン活動休止中、メンバーは何をしていた?
活動休止中、レミオロメンメンバーの3人は一体何をしていたのか?
メンバー1人づつ簡単に解説します。
藤巻亮太:ソロアーティストとしての成長
ソロアーティストとして音楽活動を継続、ソロアーティストとしての成長。
そして結婚、子育ても経験し、人間としても成長を遂げました。
ソロ楽曲では、レミオロメン時代とは異なる個人的な視点からの表現を追求し続けています。
ソロとしては、2012年10月リリースのアルバム『オオカミ青年』から2025年3月リリースのアルバム『儚く脆いもの』まで計5枚のアルバムをリリースしています。
前田啓介:オリーブオイルブランドの成功
音楽活動のかたわら「笛吹オリーブオイル前田屋」を立ち上げ、国際的な賞を受賞する人気ブランドへと成長させました。
山梨県笛吹市でオリーブ栽培から製造・販売まで手がけるこの事業は、前田の新たな情熱の対象となりました。
音楽とは異なる分野での成功は、彼に新しい視点と自信をもたらしたと言われています。
神宮司治:トップアーティストのサポートドラマー
Ado、miletなど多数の人気アーティストのサポートドラマーとして活躍。
レミオロメン時代よりも幅広い音楽性を吸収し、プロフェッショナルとしてのスキルをさらに磨きました。
神宮司治は趣味のゲームを通じて音楽活動と並行してゲーム配信にも取り組んでいます。
YouTubeチャンネルなどでゲーム実況やトーク配信を行い、ファンとの新しいコミュニケーションの場を作り出し、ファンとの接点を広げています。
また、前田と同じくオリーブオイルに情熱を注ぎ、オリーブオイルマスターソムリエの資格を取得。
音楽以外の分野でも知識を深めています。
それぞれが音楽と向き合い続け、人生経験を積んだことが、2025年の復活につながったと思います。
一つ言えることは、メンバーそれぞれがレミオロメンとして再びステージに立つ炎を消していなかったということだと思っています。
レミオロメンはなぜ2025年に復活したのか?
レミオロメンはなぜ2025年に復活したのか?
復活を実現させたのは3つの要因があると思います。
① 時間が癒した傷
13年という歳月は、かつての葛藤や距離感を癒すのに十分な時間でした。
藤巻は活動再開にあたり、若い頃の自分を振り返り、成長した今だからこそ再び集まれると感じたと語っています。
② それぞれの成長と達成感
藤巻のソロ活動、前田のビジネス成功、神宮司のサポート活動での実績。
それぞれが別の道で成功を収めたことで、再びレミオロメンに向き合う心の余裕が生まれました。
③ ファンからの声と楽曲の再評価
特に30代・40代を中心に、「今こそ聴き返したい」「ライブがあれば行きたい」という声は年々増加しています。
SNSでの懐かしむ投稿や、ライトリスナー層がTikTokなど新しいプラットフォームでの楽曲の再発見も、メンバーの心を動かした要因の一つとなっています。
また、結成25周年という節目も、再集結の大きなきっかけになっていると思います。
2026年全国ツアー「Reunion Tour 2026」開催
活動再開の第一弾として、20025年12月26日「ミュージックステーション SUPER LIVE 2025」に出演。
そして、2026年3月9日から15年ぶりの全国ツアーが開催されます。
ツアータイトル「Reunion(再結合)」には、もう一度新たなスタートを切るという強い意志が込められています。
そしてツアースタート3月9日は、まさにレミオロメンの代表曲「3月9日」のタイトルに合わせているのがニクいですね。
この偶然ではない日程設定に、ファンからは「完璧な演出」「涙が出る」といった反応が相次いでいます。
期待される楽曲とライブツアーでは、もちろん「粉雪」「3月9日」「南風」などの名曲が演奏されるでしょう。
そして、13年の時を経たメンバーたちが、どのような新しい表現を見せるのかも注目です。
新曲の発表については現時点で公式発表はありませんが、活動再開にあたり2026年3月4日(水)に「SINGLES BEST+」がリリースされます。
新たな楽曲制作の可能性にも注目ですね。
まとめ|レミオロメンの活動休止は「終わり」ではなく「準備期間」だった!
レミオロメンの13年間の活動休止を振り返ると、以下のことが言えます
活動休止の理由
• 藤巻亮太のソロ活動への専念と承認欲求による葛藤
• プロデューサーの影響による音楽性の変化
• バンドとしての達成感と一区切りの必要性
不仲説について
• 完全な不仲ではないが、メンバー間に距離が生まれていたのは事実
• しかし決定的な決裂ではなく、時間が解決できる範囲のものだった
2025年の復活
• それぞれの成長と達成が再集結の土台となった
• 13年という時間が必要だった
• ファンからの声と楽曲の再評価も後押し
活動休止は「終わり」ではなく、メンバーそれぞれが成長するための「準備期間」だったのです。
2026年のツアーで、13年の時を経て深みを増したレミオロメンのサウンドがどのように響くのか。
多くのファンが、その日を心待ちにしています。
2026年3月9日、卒業や別れの季節に寄り添ってくれた「3月9日」が再び響く。
レミオロメンの新たな物語が、まさにその日から始まります。
最後までご覧いただきありがとうございます。
see you!
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